アスリートを社員として雇用することを検討し始めると、「ほかの企業はどの程度取り組んでいるのか」という規模感を知りたくなります。しかし、アスリート雇用の全体像を示すまとまった数字は見当たりにくく、判断の材料に困ることもあるのではないでしょうか。
本記事では、日本オリンピック委員会(JOC)や報道が公表している数値だけを使って、アスリート雇用の規模と実態を整理します。先に3点をお伝えします。
- 掲載する数値は、JOC・報道が公表したものです。編集部の独自調査や推計は含みません。
- 全国のアスリート雇用の導入企業数を示す公表データは確認できませんでした。
- 数値は、企業や制度の評価・優劣を示すものではありません。
結論:全国の導入企業数は公表されておらず、確認できる公表値はアスナビ経由の累計253社・団体
全国のアスリート雇用の導入企業数を示す公表データは確認できず、確認できる最も具体的な数字は、JOCのアスナビを通じた採用決定の累計(2026年8月20日時点で253社・団体、461名)です。要点は次の4つです。
- アスナビ経由の累計は、2017年5月の104社150名から、2026年8月の253社・団体461名まで推移しています。
- JOC「アスリート採用企業の意識調査2026」では、入社済みの回答企業61社の総合満足度が83.6%でした。
- 雇用形態は正社員が78.7%、勤務時間の管理は事業場外みなし労働時間制が67.2%でした。
- 支援期間に一定の目安を設けている企業は75.4%でした。
調査の数値は、アスナビを通じて採用した企業のうち回答した企業の結果です。アスリート雇用全体の姿を示すものではない点に注意して読み進めてください。
データの前提:「アスリート雇用」の範囲と、アスナビの数字が数えているもの
「アスリート雇用」は公的に定義が統一された言葉ではなく、アスナビの数字はその一部(JOCを通じて現役トップアスリートを採用したケース)だけを数えたものです。
本記事では、競技活動の継続を前提に企業がアスリートを社員として雇用することを、一般的な意味として扱います。体育会採用まわりの用語の使い分けは、体育会採用の用語集50選で整理しています。
アスナビは、JOCが運営する、企業と現役トップアスリートをつなぐ就職支援です。対象は、JOCや各競技団体が強化指定選手として認定・推薦した、世界のトップを目指す選手とされています。厚生労働大臣許可の無料職業紹介事業として運営され、JOCのページには「このサービスは無料です」と記載されています。2010年から、各地域の経済団体などへ説明会を実施しています。
アスナビの累計が何を数えていて、何を数えていないかを、次の表にまとめます。
| 区分 |
内容 |
| 含まれるもの |
アスナビを通じて採用が決まったアスリートと、採用した企業・団体 |
| 含まれないもの |
アスナビを通さず企業が個別に採用したケース |
| 含まれないもの |
アスナビを通さない、実業団の企業チームでの採用 |
| 含まれないもの |
自治体などが独自に行う就職支援での採用 |
| 含まれないもの |
大学体育会出身者の一般的な新卒採用 |
また、これは累計の数字であり、採用後に在籍している人数を示すものではありません。「累計253社・団体」を「現在アスリートが在籍する企業の数」と読むことはできない点に注意が必要です。後述のJOC調査も、累計の採用企業のうち「2025年12月末時点で全員が引退・退職している企業」を除いた131社(オリンピック競技に限る)を対象にしています。対象の条件が異なるため253社・団体と直接は比べられませんが、累計と現在の在籍が別物であることを示す材料の一つです。
なお、実業団のチーム数については、実業団のチーム数を競技別に整理で扱っています。
アスナビの採用決定累計の推移(2017年〜2026年)
公表・報道された時点の数字を並べると、アスナビ経由の採用決定は2017年の104社150名から、2026年8月20日時点の253社・団体461名まで増えています。
| 時点 |
採用企業数 |
採用人数 |
出典 |
| 2017年5月 |
104社 |
150名 |
経団連タイムス(2017年5月18日号) |
| 2021年3月(報道時点で「開始10年ほど」) |
206社・団体 |
328人 |
神戸新聞(2021年3月23日) |
| 2024年3月 |
約230社 |
400名近く |
JOC アスナビのページ |
| 2026年7月(7月10日の情報交換会の報告) |
252社・団体 |
460名 |
JOC(2026年7月22日公開) |
| 2026年8月20日 |
253社・団体 |
461名 |
JOC(2026年9月1日公開) |
2017年5月から2026年8月までの増加は、企業・団体が149、人数が311です(編集部の計算)。ただし、出典が報道とJOC発表で混在し、「約」「近く」の概数も含むため、年ごとの増加数を正確に比べる用途には向きません。
企業数と人数の差から、1社で複数名を採用した企業があると読めます。ただし、何社が複数名を採用したかは公表されていません。
JOCは2026年7月の発表で、来年度には累計の採用者が500名に達する見込みと述べています。同発表によると、2026年7月10日には第37回アスナビ採用企業情報交換会が開かれ、23社30名が参加しました。テーマは「アスリート社員への期待とミッション設定」でした。
JOC「アスリート採用企業の意識調査2026」で見る雇用の実態
アスナビ経由で採用した企業への調査では、雇用は正社員が中心で、勤務時間は柔軟な制度で管理する企業が多く、総合満足度は83.6%でした。
まず、調査の概要です。
| 項目 |
内容 |
| 実施 |
公益財団法人日本オリンピック委員会(JOCキャリアアカデミー事業) |
| 期間 |
2026年1月30日〜2月17日 |
| 対象 |
アスナビを通じてオリンピック競技のアスリート社員を採用した企業131社(2025年12月末時点で全員が引退・退職している企業は除く) |
| 回答 |
68社(回収率51.9%。うち7社は内定者のみで、回答した設問は一部) |
| 方法 |
メール送付・Web回答 |
以下の割合は、主に入社済みの61社を分母としています。これはアスナビ経由で採用した企業のうち回答した企業の結果であり、アスリート雇用全体には当てはめられません。また、満足している企業ほど回答しやすい可能性もあります。
雇用形態と勤務時間の管理:正社員78.7%、事業場外みなし労働時間制67.2%
入社済みの回答企業61社では、雇用形態は正社員が78.7%、契約社員・嘱託社員など期間契約型が21.3%でした。正社員のなかにも、総合職、アスリート特別職、一般職・地域職などのカテゴリーの違いがあります。
勤務時間の管理は、次のとおりです。
| 勤務時間の管理 |
割合 |
| 事業場外みなし労働時間制 |
67.2% |
| フレックスタイム制 |
11.5% |
調査はこの2つを「など」として挙げ、多くの企業が柔軟な時間管理を行っているとまとめています。残りの内訳は本記事では扱いません。
なお、事業場外みなし労働時間制は、労働基準法第38条の2で、事業場の外で業務に従事し、労働時間を算定し難い場合に用いる制度とされています。自社で同じ制度を使えるかどうかは、業務の実態によって変わるため、労務担当者や社会保険労務士と確認しておくと安心です。
目標設定と支援期間の目安:何らかの目標設定62.3%、支援期間の目安あり75.4%
目標設定では、業務目標・競技目標を問わず何らかの目標を設定している企業が62.3%、業務・競技のいずれの考課目標も設定していない企業が37.7%でした。
支援期間については、一定の目安を設けている企業が75.4%でした。目安として挙げられたのは競技成績(ランキングや主要大会での順位)が多く、次いで具体的な競技年数や年齢、「オリンピックまで」でした。
目標を置く企業と置かない企業がおよそ6対4に分かれており(編集部の計算)、目標や支援の区切りの置き方は企業ごとに異なることが分かります。
採用の目的と満足度:総合満足度83.6%、継続採用意向は54.1%
総合満足度は83.6%(n=61)でした。採用の目的について「十分に達成」「少し達成」と答えた企業の割合は、次のとおりです。
| 項目 |
達成したとする回答 |
| 社会貢献(スポーツ支援・地域貢献) |
85.2% |
| 企業イメージの向上 |
83.6% |
| 社内一体感の醸成 |
72.1% |
他社に勧めたいとする回答は70.5%、今後も採用したいとする回答は54.1%でした。採用したくないと答えた企業はありませんでした。一方で、費用負担、組織体制、将来のキャリア設計への配慮から、採用人数の拡大には慎重な企業も多いと、調査はまとめています。
参考として、2025年1月以降に採用した36社の採用時の目的は、社会貢献が91.7%、社内一体感の醸成が83.3%、企業認知の向上が75.0%でした。
採用の目的は、社会貢献、一体感、認知といった項目が上位です。業務成果とは別の観点で目的を置く企業が多いことがうかがえます。スポーツと職場では評価制度や成果指標が違うため、自社が何を目的にアスリートを迎えるのかを先に決めておくと、採用後の期待や評価のずれを防ぎやすくなります。
公表データから分からないこと
全国の導入企業数のほか、費用・採用後の定着・業種別の内訳などは公表データでは確認できず、検討では個別の確認が必要です。
| 分からないこと |
検討時の扱い |
| 全国のアスリート雇用の導入企業数 |
公表データが確認できないため、アスナビの累計を一部の目安として読みます。 |
| アスナビ以外(実業団・自治体の支援・個別採用)の採用数 |
公表データが確認できないため、必要に応じて各制度の窓口に確認します。 |
| 1人あたりの雇用・競技支援の費用 |
公表データが確認できないため、制度の窓口や自社の人事・経理と個別に試算します。 |
| 引退後の在籍・定着の状況 |
公表データが確認できないため、採用時に引退後の想定を自社で決めておきます。 |
| 業種・企業規模別の内訳 |
公表データが確認できないため、同業他社の状況は個別に確認します。 |
パラ競技の就職支援や、自治体が独自に行う支援制度もありますが、本記事では数値を確認できなかったため扱っていません。
採用担当者がアスリート雇用を検討するときの確認項目
調査で企業ごとの違いが表れた項目(雇用形態・勤務時間の管理・目標設定・支援期間・引退後のキャリア)を、採用前に社内で決めておくと検討を進めやすくなります。
| 確認項目 |
調査で分かったこと |
社内で決めておくこと |
| 雇用形態 |
正社員78.7%、期間契約型21.3% |
どの職群・契約で迎えるか、引退後も同じ雇用を続けるか |
| 勤務時間の管理 |
事業場外みなし67.2%、フレックス11.5% |
練習・遠征と勤務の時間配分、適用する時間制度 |
| 目標設定 |
何らかの目標設定62.3%、考課目標なし37.7% |
業務目標と競技目標の扱い、評価への反映の有無 |
| 支援期間 |
目安あり75.4%(競技成績、年数や年齢、オリンピックまで) |
支援を見直す基準と、本人との共有のしかた |
| 引退後のキャリア |
将来のキャリア設計への配慮から採用人数の拡大に慎重な企業もあると、調査がまとめている |
引退後の配属・育成の想定 |
これらの項目は、採用の時点で想定しておくと、本人との認識のずれを減らしやすくなります。特に雇用形態と支援期間は、引退後の扱いと結びつくため、選考の段階で本人と話しておくと認識のずれを減らしやすくなります。
アスナビ経由ではなく実業団の例ですが、競技と仕事を両立した人の引退後については、ツナカレメディアの取材記事(2026年6月25日掲載)に実例があります。ある大学ボート部出身者は、新卒で医療機関の本部総務部で働きながら実業団選手として競技を続け、2023年の競技引退を機に転職し、取材時点では営業とメンバーのマネジメントを担当する事業部長を務めています。営業では専門知識もゼロからのスタートで、分からないことを自分で調べ、知識を一つずつ積み重ねるようにしていると語っています(取材記事)。
これは1人の事例であり、アスリート社員全般に当てはまるとは限りません。ただ、競技引退が雇用の転機になりうることから、「支援期間の後」を採用時点で想定しておく意味はあると考えられます。引退・移行期の研究はアスリートのキャリアトランジション研究とは、競技を離れた人の中途採用は元アスリートの中途採用で見るべき点で整理しています。
なお、アスナビを利用する場合の流れ(JOC「採用検討から入社までの流れ」)は、次のとおりです。
- お問い合わせ
- ご説明・ご案内(説明会の案内を含む)
- 面談(面接したいアスリートの候補を決定)
- 個別面接・採用選考
- 内定
- サポート(入社前後の受け入れ態勢づくり、採用企業同士の情報交換会、選手研修会)
まとめ
本記事の要点は次の3つです。
- 全国のアスリート雇用の導入企業数は公表されておらず、確認できる公表値はアスナビ経由の累計253社・団体、461名(2026年8月20日時点)です。
- JOC「アスリート採用企業の意識調査2026」では、正社員78.7%、事業場外みなし労働時間制67.2%、総合満足度83.6%でした。ただし、アスナビ経由で採用した企業のうち回答した企業の結果です。
- 検討時は、雇用形態・勤務時間・目標・支援期間・引退後の扱いを、先に社内で決めておくと、検討を進めやすくなります。
アスリート雇用や体育会出身者の採用について、ご相談がある場合は採用のご相談からお問い合わせください。
参考にした公開データ
(確認日:2026年10月29日)