「心理的安全性」という言葉は近年、経営やチームマネジメントの文脈で頻繁に語られるようになりました。一方で、体育会出身者が多い組織では「上下関係が厳しい環境で育った人材と、心理的安全性を重視する組織づくりは相性が悪いのでは」という疑問を持つ採用担当者・マネージャーも少なくありません。この記事では、心理的安全性に関する学術研究とGoogleの調査をもとに、スポーツチームの経験から職場のチームづくりに活かせる点と、混同してはいけない点を整理します。

結論:心理的安全性はスポーツ経験からも学べるが、「上下関係の厳しさ」とは区別が必要

心理的安全性とは、チームの中でミスや懸念、異なる意見を口に出しても罰せられないと感じられる状態を指します。スポーツチームでの「ミスを次に活かす振り返り」や「役割を超えて声を上げる」経験は、心理的安全性の土台になり得ます。ただし、体育会組織にありがちな「上下関係が厳しく、下級生が意見を言いにくい」文化とは本質的に別物であり、体育会出身であることが自動的に心理的安全性の高さを意味するわけではありません。採用・組織づくりの場面では、この2つを混同しないことが重要です。

心理的安全性とは何か——エドモンドソンの研究

心理的安全性という概念を組織研究に定着させたのは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授です。1999年に学術誌Administrative Science Quarterlyに発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」では、製造業の51チームを対象にした調査から、チームの心理的安全性が高いほどチーム内の学習行動(ミスの報告、質問、新しいやり方の提案など)が活発になり、その学習行動を介してチームの成果につながることが示されました。重要なのは、「チームへの自信(チーム効力感)」そのものよりも、「安心して発言できるかどうか」が学習行動を左右していたという点です。

Googleの研究「プロジェクト・アリストテレス」が示したこと

この考え方を企業組織の文脈で広く知らしめたのが、Googleの人事分析チームが実施した「Project Aristotle」です。Googleは社内180チームを対象に、メンバーの経歴や性格特性など数百項目を分析しましたが、「誰がチームにいるか」よりも「チームがどう機能しているか」の方が成果を左右することがわかりました。そのうえで、効果的なチームに共通する5つの要因(心理的安全性、相互信頼性、構造と明確さ、仕事の意味、インパクト)を特定し、中でも心理的安全性が最も重要な要因であると位置づけています。この結果はGoogleの社内ガイド「re:Work」で公開されており、エドモンドソンの研究知見を土台に、発言のハードルを下げるマネジメント手法(弱さを認める、質問を歓迎する姿勢を見せるなど)が紹介されています。

スポーツチームと心理的安全性——学べる点・学べない点

体育会・スポーツチームの経験と心理的安全性の関係を考えるとき、次のように整理すると実務に落とし込みやすくなります。

観点 スポーツチームで培われやすい面 混同しやすい注意点
ミスの扱い方 試合後の振り返りでミスを共有し、次に活かす習慣 「気合いが足りない」など精神論で片付けられている場合、学習行動にはつながらない
発言のしやすさ ポジションを超えて声を掛け合うチームもある 上下関係が強い組織では下級生の発言が抑制されやすい
目標への向き合い方 高い目標を共有し、達成に向けて努力を続ける文化 目標達成のプレッシャーが強すぎると、失敗を隠す動機になりうる

体育会出身者が「振り返りの文化」や「役割を超えた声かけ」を経験してきた場合、それは心理的安全性の高いチームづくりの土台になり得ます。一方で、「上下関係に従うことに慣れている」だけの経験は、むしろ職場でも意見を言い出しにくい行動パターンにつながる可能性があり、区別して見極める必要があります。

マネージャーが実践できる3つの視点

  • ミスを個人の責任ではなく、チームの学習材料として扱う。スポーツの試合後ミーティングのように、定期的な振り返りの場を設計し、「何が起きたか」を責めずに共有する
  • 役職に関わらず発言を歓迎する姿勢を、行動で示す。マネージャー自身が「わからないこと」「間違えたこと」を先に開示することで、部下も発言しやすくなる
  • 体育会経験を評価する際は、「厳しい上下関係に耐えてきたか」ではなく、「チームの中でどう振り返りや声かけをしてきたか」を確認する。面接で具体的なエピソードを聞くことで、心理的安全性に資する経験かどうかを見極められる

職場とスポーツチームの違いに注意する

エドモンドソンやGoogleの研究は、心理的安全性がチームの学習と成果に関連することを示していますが、これは相関関係の分析であり、「心理的安全性を高めれば必ず成果が上がる」という単純な因果を保証するものではありません。また、スポーツチームと企業組織では、評価制度やメンバーの入れ替わりの頻度、成果指標の測りやすさなどの前提条件が異なります。スポーツでの経験は職場のチームづくりへの「示唆」として参考にしつつ、自社の組織構造や評価制度に合わせて検証しながら取り入れる姿勢が欠かせません。

参考文献

まとめ:心理的安全性は「上下関係の厳しさ」の対義語ではない

心理的安全性は、エドモンドソンの学術研究とGoogleのProject Aristotleという異なる文脈の調査から、チームの学習行動と成果に関わる重要な要因として位置づけられています。体育会出身者の「振り返りの文化」や「声を掛け合う経験」はその土台になり得る一方で、「厳しい上下関係に耐えてきた経験」とは区別して評価する必要があります。採用・配属の際は、体育会経験の内容を具体的に確認し、心理的安全性の高いチームづくりに資する経験かどうかを見極めることが重要です。

体育会人材の採用や、チームづくりの観点からの配属・面接設計についてご相談がある場合は、採用のご相談からお気軽にお問い合わせください。体育会経験を活かした行動特性の見極め方については、体育会人材を採用するメリットと注意点や、グリット(やり抜く力)研究から考える体育会人材の見極め方もあわせてご覧ください。