「体育会出身者は目標に向かって努力する習慣があるから、目標管理型のマネジメントと相性がよいはずだ」という声を、人事担当者から聞くことがあります。この考え方の背景には、心理学の「目標設定理論」があります。この記事では、目標設定理論の内容とスポーツ領域での検証結果を整理したうえで、体育会出身者のマネジメント・1on1にどこまで応用できるのか、注意点とあわせて解説します。

結論:目標設定理論は「具体的で適度に難しい目標」が成果を高めることを示す研究であり、体育会人材のマネジメントにも参考になる視点だが、スポーツと職場の違いを踏まえる必要がある

目標設定理論は、目標が「具体的」であり「適度に難しい」ほど、曖昧な目標や「best effort」を求める指示よりも高い成果につながることを、数十年にわたる実証研究から示した理論です。スポーツ領域でも目標設定の効果を検証した研究があり、目標の種類によって効果の大きさが異なることが報告されています。体育会人材のマネジメントや1on1にこの理論を応用する視点は参考になりますが、スポーツでの目標(記録・勝敗)と職場での目標(売上・品質など)は評価のしやすさや前提条件が異なるため、そのまま同一視せず「示唆」として取り入れる姿勢が必要です。

目標設定理論とは何か——ロックとレイサムの研究

目標設定理論は、メリーランド大学のエドウィン・ロック教授とトロント大学のゲイリー・レイサム教授が、1960年代から積み重ねてきた実証研究をもとに体系化した動機づけ理論です。1990年に刊行された著書『A Theory of Goal Setting & Task Performance』では、約400件の実験室研究・現場研究と、4万人を超える被験者のデータを統合し、「具体的で困難な目標は、曖昧な目標や『ベストを尽くせ』という指示よりも高い成果につながる」という中心的な知見を示しました。2002年には学術誌American Psychologistに発表した論文で、35年間の研究を振り返り、目標の効果を左右する要因(フィードバックの有無、目標への納得感、目標の難易度、課題の複雑さなど)を整理しています。

スポーツ領域における目標設定研究

目標設定理論はビジネス領域だけでなく、スポーツ心理学の分野でも検証が重ねられてきました。1995年にKylloとLandersが学術誌Journal of Sport and Exercise Psychologyに発表したメタ分析では、スポーツ・運動領域における36件の目標設定研究を統合し、目標設定が全体として競技パフォーマンスの向上と関連することを報告しています。同分析では、極端に簡単・極端に困難な目標よりも「適度に困難な目標」の効果が大きいことや、短期目標と長期目標を組み合わせた場合に効果が高まる傾向があることも示されました。2022年にWilliamsonらが学術誌International Review of Sport and Exercise Psychologyに発表した系統的レビュー・メタ分析(スポーツ領域の目標設定研究27件を対象)でも、目標の種類によって効果の大きさに差があると報告されており、動作や取り組み方そのものに焦点を当てた「プロセス目標」の効果が、結果だけを示す「結果目標」よりも大きい傾向が示唆されています。

目標の種類とマネジメントへの応用ヒント

スポーツ心理学の研究で扱われる目標の分類は、職場でのマネジメント・1on1における目標設計にも応用しやすい整理です。

目標の種類 内容 職場での応用例
結果目標 勝敗・順位など、他者との比較で決まる目標 売上目標・受注件数など、成果そのものを示す指標
パフォーマンス目標 自己ベストの更新など、自分自身の基準に対する目標 前月比・自己記録の更新など、個人の成長を示す指標
プロセス目標 フォームや戦術の実行など、取り組み方そのものに関する目標 商談前の準備行動、日次の行動量など、行動プロセスに関する指標

研究では、結果目標だけに偏ると、本人がコントロールしにくい要素(競合の動向や景気など)に成果が左右され、モチベーションが不安定になりやすいことが指摘されています。プロセス目標を組み合わせることで、本人が自分の行動でコントロールできる範囲を目標に含められる点が、1on1設計における実務的な示唆です。

体育会人材のマネジメント・1on1に応用する視点

体育会出身者は、競技を通じてプロセス目標・パフォーマンス目標・結果目標を組み合わせて取り組んできた経験を持つ場合があります。当社は、企業と体育会・学生団体を協賛でつなぐプラットフォーム「ツナカレ」を運営しており、体育会団体の目標設定の様子を日常的に見る中で、結果だけでなく日々の練習の質(プロセス)を重視するチームほど、目標に対する納得感が高い傾向があるという実感を持っています。この実感を踏まえると、体育会出身の部下と1on1を行う際は、結果目標(売上など)だけを確認するのではなく、「どんな行動プロセスを積み重ねているか」を合わせて確認する設計にすると、本人が慣れた目標の立て方と重なりやすく、対話が深まりやすい可能性があります。ただし、これは当社の実務上の実感であり、学術的に検証された知見ではない点には留意が必要です。

応用する際に注意すべき点

目標設定理論をマネジメントに取り入れる際は、次の点に注意が必要です。

  • 研究が示しているのは目標設定と成果の「関連」であり、「目標を具体的にすれば必ず成果が上がる」という単純な因果を保証するものではない
  • スポーツでの目標は記録・勝敗という測定しやすい指標が中心である一方、職場の目標は業務内容によって測定のしやすさが大きく異なり、同じようには設計できない場合がある
  • 目標の難易度は「適度」であることが重要とされており、達成できない高すぎる目標を課すことは、理論が示す効果とは逆にモチベーションを損なうリスクがある
  • 体育会出身であることが、目標設定型のマネジメントとの相性を自動的に保証するわけではなく、個人差を踏まえて対話しながら目標を設計する必要がある

参考文献

  • Locke, E. A., & Latham, G. P. (1990). A Theory of Goal Setting & Task Performance. Englewood Cliffs, NJ: Prentice Hall.
  • Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation. American Psychologist, 57(9), 705–717. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12237980/
  • Kyllo, L. B., & Landers, D. M. (1995). Goal Setting in Sport and Exercise: A Research Synthesis to Resolve the Controversy. Journal of Sport and Exercise Psychology, 17(2), 117–137. https://journals.humankinetics.com/view/journals/jsep/17/2/article-p117.xml
  • Williamson, O., Swann, C., Bennett, K. J. M., Bird, M. D., Goddard, S. G., Schweickle, M. J., & Jackman, P. C. (2022). The performance and psychological effects of goal setting in sport: A systematic review and meta-analysis. International Review of Sport and Exercise Psychology, 17(2). https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/1750984X.2022.2116723

まとめ:目標設定理論は有効な視点だが、スポーツと職場の違いを踏まえて応用する

目標設定理論は、具体的で適度に難しい目標が高い成果につながることを示す、心理学領域で広く検証されてきた理論です。スポーツ領域の研究でも、プロセス目標を含めた目標設計の効果が報告されており、体育会人材のマネジメント・1on1設計に応用できる視点があります。一方で、スポーツと職場では目標の測定しやすさや評価の前提条件が異なるため、「体育会出身だから目標設定型のマネジメントに向いている」と単純化せず、本人との対話を通じて目標の立て方を調整していく姿勢が欠かせません。

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